1. HOME
  2. 書き物
  3. 仏事あれこれ
  4. 仏事あれこれ(11月)

仏事あれこれ(11月)

【問い】

今夏、あるお寺にお盆のお参りに行きました。
その時のお坊さんの態度に驚愕しました。
私たちを見下ろすようにふんぞり返り、とても気持ちが落ち着きませんでした。
お坊さんてそんなに偉いんでしょうか。

50代 女性

【応え】

お寺の荘りやお勤め、またお坊さんの装束(服装)など、立派であればあるほど萎縮しますよね。
そしてお盆のお参りという事であれば、大切な方をご縁に参詣されたことと思います。
しかし折角の仏縁にもかかわらず、忘れられない事が、お坊さんの態度であるという事は非常に残念でなりませんね。
坊さんを代表してお詫びしなければなりません。

一体、仏教は何を大切にして、、お坊さんとはどういう人を差すのかを確かめたいと思います。

仏教とは、生老病死する命の事実に頭を下げつつ、人間の憂いに寄り添い続けられたお釈迦様の生き方が説かれた教えです。
そしてお釈迦様と同じような生き方をしたいと願い、仏の教えを聞く者を仏弟子と言い、お坊さんと呼んでいます。
ですからお釈迦様以外は皆同じ立場であり、上下関係はありません。

昔信号待ちをしている私の後ろに気配を感じ振り向くと、中学生が私に手を合わせていたました。
その姿にどう対処して良いのか分からなかったことを師に相談すると怒られました。
「その中学生は君に合掌しているのでは無く、身に付けていた袈裟を通して仏さまに手を合わせているのです。その事を忘れて振る舞うことを慢心と言います。自分がお釈迦様になったように勘違いしているのです。」

「日常」は、世間の中で忙しく立ち居振る舞う私達から、自分自身を確かめる時と場を奪います。
奪われ続けると、自分とも他者とも出会えなくなって、怒りっぽくなったり、独りぼっちになったりします。
そのような私たちに少し立ち止まって自分自身の歩みを確かめて欲しいと願われたのがお釈迦様であり、日常を確かめる「非日常」の場がお寺であります。
お坊さんも人間なので色んな方がおられますが、教えに出遇えないのならお寺としてどうかと思います。一度思いの丈を伝えてみてはどうでしょうか。
伝わらなかった時はまた教えて下さい。

関連記事