あとがき(2022年12月)
●天気が多い秋だった。コロナに気をつけつつ身が動く。夫婦であちこち行かれた方も多いだろう
●父は妻に先立たれてから「連れ合い」と呼んだ。いなくなって存在の大きさに気付かされ、「連れ合ってくれた方」と呼ばずにおれなかった。どちらが先立つかによって悲しみ方に違いがあるというが、父の悲しみは相当深かったのだろう
●お参りの時、今何か欲しいものはあるかとよく尋ねる。ある方は、夫と同じ日に死にたいと答えられた。理由を聞くと、少し前は夫の次の日、その前は夫の三回忌、もっと前は何があっても頑張れると思っていた。でも今は一人残るのは寂しい。力がある時は、悲しいながらも生きて往けるのだろうが、力がなくなり補い合う事が多くなってくると、共にいることの大切さ、一人でいることの寂しさ、子に頼りたくても頼り切れない事の空しさや不安が深いと吐露される
●最晩年、力のない声で「やっちゃん(妻)を大切にしなさいよ」と父がよく吐露した。分かっていると答えると、「まだ分かってない」とよくたしなめられた。経験者の吐露は重くて深い
●「今年も連れ合ってくれて有難う。また一日一日よろしくね」と言わずにおれない。拝