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「歎異抄(たんにしょう)に受く」

~ 異(こと)なることを歎(なげ)ぐ~ 其の2

親鸞聖人は、関東で20年間、一生懸命に教えを弘められました。
しかし没後25年に、弟子の唯円が、親鸞聖人の語録集『歎異抄』を編集
されました。何故だったのでしょうか。

優しい道から難しい道へ

親鸞聖人の弘められた教えは難しい修行も、難しい言葉を覚える必要もありません。
分け隔て無く救うと誓う阿弥陀如来の教えを信じて念仏し、助けられなさいという至極簡単な道でした。

関東は修験道が盛んな地域で、人々は除災招福など、生きていく上で不安なことや幸せになる道は
修験者による祈祷に任せて暮らしていました。
しかし災いを除き福を招いてもらっていながらも、喧嘩が絶えず、不安がなくなっていないのなら本末転倒しているのではないでしょうか。
改めて私たち1人ひとりの足下を仏様の教えに確かめ、不安になる心の本を見つめながら、共に幸せになる事を願い、念仏しましょうと、優しい道を説いてくれる親鸞聖人の教えは瞬く間に民衆に弘がりました。

そこで問題が起こりました。
そうした優しい導きも、時間が経つにつれて、難しく説く者が現れました。
難しくという事は、分かる者と分からない者が出来るということ。
言うなれば、救われる者と救われない者が出来るという事です。
分け隔てなく救われる道が仏道であるにも関わらず、救いに差別が出来ている現況を歎かれた唯円が
書かれたのが、「歎異抄」(親鸞聖人の導きと異なることを歎く抄録)です。
まず唯円の歎き(心配)から始まります。

竊かに愚案をめぐらして、ほぼ古今を勘がうるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、しんしんことなげ後学相続(こうがくそうぞく)の疑惑ある事を思うに、(中略)故親鸞聖人の(しんらんしようにん)御物語のおもむき、耳の底に留まるところ、いささかこれをしるす。

【現代語訳】
私が思うに、親鸞聖人が教えて下さった信心(救い)と、今の歩みが異なっていることが誠に悲しい。このままではこれから教えに学び受けつぐ者達に疑いや惑いが生じてしまうので、師からお聞きして忘れられないお話しの要点を書き記しておきます。

『歎異抄』序文

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