サンガの建設106
「情報」で変わる心の現在地 ③
「反」と「非」を考える
賛否両論に分かれた安倍元首相の国葬が行われました。殺害された当初は、5割を超えた賛成も、日が経つにつれて3割程度になったそうです。「色んな情報を聞いてみれば反対」という方が増えたのでしょう。「情報で人の心は変わる」という事です。人の心から出てくる行動は、「賛成か反対」という形をとります。「国葬反対」という言葉がその事を表しています。
親鸞聖人は、「反」ではなく「非」という生き方を大切にされました。「反」は、立場や状況が変わると、善悪も、自分の立ち位置も変ってしまいます。例えば、戦争反対と叫んでいても、大切な人が犠牲になると見境が無くなってしまいます。
「非」は、悲しきかな人間は、「反」という不確実な生き方しかできない事を悼み、「人間が決めた善悪に真実は非ず」という生き方です。親鸞聖人は、念仏に生きる者を恐れた国家によって、友は殺され、師は流罪になり、自身は僧の身分を剥奪され還俗させられました。怖くなった国は手のひらを返したように「反」の態度を取ったのです。そういう人間社会のあり方に対して、「非僧非俗」(人間の善を絶対としない私)として生きられました。これは感情で一喜一憂する「反」では救われないというメッセージです。
世界中が情報操作で「反」の生き方を誘い喧嘩をしています。
今こそ「反」ではなく、「非」の生き方に耳を傾けていく時ではないでしょうか。